勝者なき米中AI軍拡競争、世界協働への提言
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勝者なき米中AI軍拡競争、世界協働への提言
米国と中国は現在、熾烈なAI開発競争に足を踏み入れている。だが、両国がやみくもに競争の道をひた走れば、世界平和が危険にさらされるだけでなく、AIが全人類にもたらしうる莫大な恩恵の展望も危うくなる。
米国と中国は、多くの人々が「AI軍拡競争」と呼ぶものにもつれ込んでいる。
対立の初期段階において、米国の政策立案者たちは競争での「勝利」に重点を置いたアジェンダを策定した。ここでの勝利とは、おおむね経済的優位に立つという意味だ。ここ数カ月で、オープンAIOpenAIやアンソロピックAnthropicといった主要なAI研究企業までもが、「中国に勝つ」というナラティブ物語に賛同を表明した。
おそらくはトランプ新政権の方針に沿おうとする試みだろう。米国はこの競争に勝てるという信念はおおむね、初期段階では米国が最先端GPU画像処理装置の演算能力で中国を上回っていたことや、AIのスケーリング則が機能していたことを根拠としていた。
しかしいまや、大量の最先端の計算資源へのアクセスは、かつて多くの人々が考えたような決定的な、あるいは持続的な優位ではなくなったようだ。それどころか、米国と中国の最先端モデルの処理能力の差は実質的に消失しており、しかも中国モデルはひとつの重要な面で優位に立っている。中国モデルは、欧米のトップ開発拠点が利用する計算資源のわずかな割合しか用いずに、ほぼ同等の結果を導き出せるのだ。
AI競争はますます狭い国家安全保障の枠組みに位置づけられ、ゼロサムゲームとみなされるようになっている。これには、将来的に台湾をめぐって米中戦争が勃発することは避けられないという前提が影響している。
米国は「チョークポイント戦術」を採用し、先進半導体などの核心技術への中国のアクセスを制限している。これに対し、中国が技術の自給と国内のイノベーションの取り組みを加速させたことで、米国の作戦は裏目に出ている。
最近では、厳格な輸出規制を断固として支持してきたジーナ・レモンド前商務長官でさえ、こうした規制によってAIや先進半導体における中国の進歩を阻もうするのは「無駄な努力」だと、ついに認めたほどだ。
皮肉なことに、中国の半導体・AIセクターを標的とした未曾有の輸出規制政策パッケージの施行のかたわらで、AIの安全性基準およびガバナンス枠組みの確立を目指す予備的な2国間・多国間対話が進んでおり、競争と協力という相反する欲求が両国にあることを裏づけている。
こうしたダイナミクスについて掘り下げて考えるほどに、待ち受ける本当の実存上の脅威は中国ではなく、無差別な危害、富の略奪、社会の不安定化を狙う、悪意ある人物やならず者集団による先進AIの兵器化であることが明らかになる。
核武装と同じように、中国は国民国家として、AI搭載兵器を米国の利益に反するように使用することに慎重でなければならないが、過激派集団を含めた悪意ある人物は、AI兵器の悪用を躊躇しない可能性がはるかに高いからだ。
サイバー兵器に似たAIテクノロジーの非対称性を考えれば、AIの使用に精通し、悪辣な目的のために利用する決意を固めた敵による攻撃を、完全に予防しこれに対抗することは、きわめて難しい。
不測の事態を考慮すれば、米中にはAIテクノロジー開発のグローバルリーダーとして、こうした脅威を共同で特定して緩和し、解決に向けて協働し、最先端モデルの規制のグローバル枠組みの構築に向けて協力する義務がある。AIテクノロジーに大小さまざまな障壁を設け、本当の脅威から焦点をそらすような政策に資金を注ぎ込んでいる場合ではないのだ。
関わる利害の大きさや過激化するレトリックに反して、熾烈な競争がこのまま続けば長期的に見て誰も得をしないことは、もはや火を見るより明らかだ。それどころか、深刻な弊害が生じうる。世界は不安定化し、科学の進歩は停滞し、両国はテクノロジーをめぐる危うい瀬戸際政策に傾倒しかねない。
こうしたリスクは、台湾とそこに拠点を置く半導体製造のAI関連技術におけるグローバルリーダーであるTSMCの重要性、そしてこのハイテク島国をめぐる緊張の高まりを考慮すれば、ますます現実味を帯びる。
やみくもに競争の道をひた走れば、孤立化と先鋭化のリスクにより世界平和が危険にさらされるだけでなく、AIが全人類にもたらしうる莫大な恩恵の展望も危うくなる。
歴史的ナラティブ、地政学的圧力、経済競争が渾然一体となり、AIをめぐる米中対立の現状を形成している。
たとえば、米中経済安全保障再検討委員会の最近の報告書は、すべての問題を二者択一的な言葉遣いで表現しており、とくに支配と服従が強調されている。こうした「勝者総取り」のロジックは、グローバルな協働のポテンシャルを見落としており、対立をエスカレートさせる自己成就予言となるおそれさえある。
新たに発足したトランプ政権下では、こうしたダイナミクスがさらに強化され、AI版マンハッタン計画の議論が加速し、米国の軍事リソースをウクライナから中国へ再配分することが検討される。
幸い、AI協働に向けた責任あるアプローチへの一筋の希望も見えている。ドナルド・トランプ大統領は1月17日、習近平主席との直接の対話を再開すると投稿。さまざまな分野での協働に言及し、過去の協力関係を考慮して、「パートナーであり友人」としての米中関係を続けるべきだと述べた。
ティックトックTikTok騒動の結末において、トランプは政権内と議会の対中強硬派と相対する形となった。この顛末は、米中関係を対立的なものから軌道修正しようと試みる彼にとっての前哨戦といえよう。
公益のためのAIへの期待
欧米マスメディアは概して、この注目すべき話題を取り上げる際、「邪悪なAIによる実存的リスク」といった言葉を選ぶ。残念ながら、メディアに頻繁に登場するAIの安全性の専門家も、同様のナラティブを繰り返し、一般大衆を怯えさせている。
現実には、AIが性能向上とともに邪悪になることを裏づける、信頼できる研究はない。私たちは、素朴な加速主義と終末論という、現状の誤った二分法を乗り越え、協働的加速と呼べるようなモデルを追求する必要がある。
特筆すべきこととして、欧米先進国と途上国では、AIに対する認識に顕著な違いがある。先進国では、一般大衆のAIに対する感情は60〜70%がネガティブだが、途上国ではポジティブな評価が60〜80%を占める。
途上国の人々は、テクノロジーによる生活状況の改善をここ数十年にわたって経験してきたこともあり、残る課題の解決にAIが貢献することを願っている。具体的には、AIが教育、ヘルスケア、生産性を改善することで、自身の生活の質や、世界のなかでの自国の地位が向上することに期待を寄せているのだ。
欧米の人々は、同じ恩恵が自分たちの生活の改善にも直結することを見落としがちだ。先進国にも著しい不衡平が存在することを忘れてはいけない。毎年国防費に注ぎ込まれる数兆ドルを、インフラ、教育、ヘルスケアプロジェクトに再配分したら、いったいどれだけの進歩が実現するか考えてみてほしい。
次なる段階に到達したあとは、AIが科学的発見を加速させ、新薬開発を促し、健康寿命を伸ばし、労働負荷を減らし、すべての人に質の高い教育へのアクセスを提供するだろう。
理想主義に聞こえるかもしれないが、現在のトレンドを考慮すれば、ここにあげたほとんどのことは1世代以内、あるいはもっと早く実現しうる。そのためにはより高度なAIシステムが必要だが、演算とデータのリソースや、研究人材のプールが分断されていては、その開発は実現困難な目標のままだ。
世界トップクラスのAI研究者の約半分47%は中国生まれであるか、中国で教育を受けたという業界の調査結果がある。中国の研究者の努力がなければ、私たちはいまこの場所に立っていなかっただろう。AI共同研究を通じた中国との積極的な協働は、質の高い訓練データと優秀な研究者の大量投入を意味し、進歩を急加速させるうえで決定的要素になりうる。
米国と中国のAIをめぐる競争の過熱は、両国と全世界に重大な脅威をもたらしている。この対立に潜むリスクは決して仮想的のものではなく、世界平和、経済の安定、技術の進歩を脅かす結果をもたらしうる。
AI開発をゼロサムゲームの枠組みでとらえると、全世界に進歩と安全をもたらす機会が損なわれる。敵対のレトリックに屈するのではなく、米国と中国、それに両国の同盟国は、協働とガバナンスの共有に舵を切らなければならない。